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プロフィール
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2012/05/23 17:33
西日本も東京も曇りで、部分日蝕や金環日食をはっきり見ることができなかったようですね。 |
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2012/05/23 15:35
連休明けから岩手県・奥中山高原に家事育児サポート(家政婦)の出稼ぎ(?)に来ています。 |
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2012/05/11 14:32
姐さんの新しい住まいは隅田川沿いにあります。住所は新大橋。このマンションの区域は江東区と墨田区に所属します。隅田川の向こう側は中央区です。 |
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2012/05/08 12:25
シニアになって得したのは映画が1,000円で見られること。連休前にスペイン語を昔勉強したという友人に誘われ、スペイン映画<フラメンコフラメンコ>を見に行きました。 |
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2012/05/06 08:41
昨日のランチはふきちゃんのところでごちそうになりました。 |
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2012/05/05 20:56
東京にいるときは、自分では踊りの勉強のつもりでも、人から見れば遊びまわっている生活です。 |
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2012/05/04 10:25
よ市のほかにも日帰りで<金田一温泉>に行きました。 |
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2012/05/02 21:15
今回、奥中山に滞在中に遊びに行ったのは、盛岡で毎週土曜日(雪のない毎年4〜11月)に開催される<よ市>。よ市は余市とは明記していません。<余市>と書くと余り物の市と誤解されるのが嫌なのかもしれませんが、<よ市>の<よ>には萬(多種)、余(豊富)、良(良い)、与(提供)、喜(満足)の意味を込めて命名されたそうです。 |
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2012/05/02 17:18
孫のれおくんが生まれたのは、姐さんがアルゼンチンでボランティアをしていたとき。着任3ヵ月後のまだ活動がはじまったばかり。とても日本に一次帰国したいなんてふつうなら言えない時期。でも、最初の子どもで娘の体調もあまりよくなかったこともあり、思い切って調整員にお願いしたら、「ボランティア1年目の休暇は12日間(確か当時は)だから、今後休暇は取れませんよ」と怖い顔して(?)、言いつつも許してくれましたっけ。 |
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2012/05/02 12:43
久し振りのブログです。4月は6日から18日まで奥中山に行っていました。6日はまだ雪がコンコンと降っていた奥中山です。10日ほど奥中山を留守にしただけでしたが、まあちゃんのつたえ歩きはどんどん速度を増していました。部屋のドアも自分も開けられるようになって、便器をのぞいていたこともあったようです。ふつうなら、親も姐さんも「コラァ!ばっちいからダメよ」と叱るところでしょうが、まあちゃんに関しては何をしても、こんなこともできるようになったんだって、成長を喜び、「まあちゃん、てをあらおうねぇ〜」ってなるんですよね。でも、ほんとうはまあちゃんだけじゃなく、健常児のお兄ちゃんたちに対しても、まあちゃんと同じように大らかな気持ちで接したいですね。子育てが終わった姐さんだから言えることですが。 |
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2012/04/01 13:50
岩手の丘の上の家から帰京してかれこれ5日は経過しました。まだ風邪が治らず伏せっている姐さんです。でも、数日前には東大病院の定期検診には行ってきました。一度予約を逃すと次の予約がなかなか取れないのです。当日も病院の入口には、本日の受診者3,706人って札が出ていました。 |
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2012/03/30 07:30
前回東京に戻ったのが2月28日。約2週間東京にいて3月15日に岩手に来ました。姐さんがいないあいだ、まあちゃんはつかまり立ちがとても上手になり、壁といわず、ドアといわず、窓、鏡……、手がつくところならどこでもつかまって立っています。疲れるとドッスンと腰から落ちてひと休み。あるいは頭を下に向けて、「ウワァ〜ン」と一瞬、<この世の終わり泣き>をすることもあります。 |
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2012/03/25 17:32
去年は3月11日以降、こんな大雪に見舞われた記憶はありません。 |
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2012/03/25 13:05
えい坊は姐さんの2番目の孫です。ダウン症のまあちゃんとは2歳違いのお兄ちゃんです。生まれたときには姐さんはアルゼンチンから一時帰国して、えい坊の誕生を祝いました。成田で再会したのはそれから1年半振りで、会ったときはずいぶんやんちゃな顔しているな、これから振り回されて疲れないかな、とちょっと不安になりました。 |
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2012/03/21 18:22
昨日、丘の上の家は朝からバタバタの一日でした。午前中はれおくんとえい坊のピアノの発表会。午後からはまあちゃんの友だちが、お泊まりで遊びに来ました。 |
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2012/03/20 13:08
れおくんは実によくまあちゃんの世話をやき、かわいがっています。ときどき世話をやきすぎて危ないことになり、お母さんに注意されてしまうこともありますが。たとえば、抱き方がちょっと乱暴だったり、まあちゃんにはまだ危ないオモチャを渡してしまったりすることです。 |
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2012/03/19 16:54
健康診断も引越もそして女子会も終わった15日、姐さんはまあちゃんの顔が見たくなって新幹線に飛び乗りました。 |
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2012/03/17 11:37
浅草から新大橋に引っ越した姐さんたち。新大橋の新居はアルゼンチン時代の夫の駐在員仲間でもあり、姐さんたちの仲人さんの身内でもある方のマンションです。3年間の予定でブラジルに転勤になった彼らのマンションを破格の家賃で借りられることになったのです。 |
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2012/03/16 17:23
引越先の荷物が片づいた14日、姐さんは親友のたっちゃん、まっちゃんの三人で女子会をしました。場所は有楽町の和風レストラン<さがみ>。特徴のある店ではありませんが亡父とよく呑んだ店で、姐さんは大切な友だちとの店として利用しています。 |
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2012/03/12 09:22
昨日は3.11脱原発集会に行ってきました。 |
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2012/03/11 12:27
今日はあの東日本大震災から1年たった3月11日です。 |
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2012/03/11 11:31
8日の引越作業の初日、姐さんは梱包作業の指示を夫に頼んで、<0123>のお嬢さんたちと入れ替わるように、参議院議員会館へ向かいました。<福島原発行動隊>の院内集会に参加するためです。 |
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2012/03/07 21:17
姐さんが9日まで住む浅草の家の隣はアサヒビールの本社ビルで、まわりには同社関連レストラン、カフェなどがいくつかあります。 |
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2012/03/07 16:58
アルゼンチンに行く前は、台東区の谷中に17年住んでいました。今は完全に観光地化してしまいましたが、寺が多く落ち着いた街で、姐さんはとても好きでした。 |
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2012/03/07 13:58
「木馬館」は昼夜2回公演で毎月興業劇団が変わります。役者は地方の旅館やホテル、ヘルスセンターなどの舞台にもあがります。観客の70パーセントがおばちゃん。残りは役者の追っかけをしている若い女性。そして、おばちゃんに引っ張られて来たおっちゃんが少々。おばちゃんの追っかけも少ないないようですよ。 |
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2012/03/07 11:13
引越準備に追われる姐さんですが、息抜きも忘れない姐さんです。残りわずかの浅草を楽しんでいます。 |
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2012/03/05 15:18
URでは退去の予告期間は2週間となっています。退去届けを出すと、汚れぐあいを見に<査定>の人がきます。姐さんは岩手に行っていたので、夫が立ち会いました。その結果、汚れも壊れている箇所もなく、敷金は全額返金になりました(家賃の3ヵ月分なので大きいです)! ただし、条件付きで。その条件とは破れた障子をきちんと貼り直すこと、ベランダにつけた落下防止の網を外すこと、ベランダを含め室内の掃除をして出て行くことでした。入居したときの状態に戻せ、ということです。夫は「障子を貼り直しても、入居したときの紙の色と異なるので、URさんでまた貼り直すことになるのでは?」と聞いたそうですが、それでも貼り直してほしいとのことでした。 |
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2012/03/05 09:48
姐さんたちは浅草の吾妻橋を渡った、例のウ×コビルの後ろにある独立法人UR都市機構が管理運営するマンションに住んでいます。ブエノスに滞在中にインターネットで民間マンションと比較し、目星をつけておきました。帰国後、東京・湯島にある外国人に人気の旅館(ホテル江戸屋)に滞在しながら、UR吾妻橋を内覧して決めました。広さは床面積77ヘーホーメートルの3LDKで、テラス(15ヘーホーメートル)から全部屋を巡回できるかなり贅沢な造りです。 |
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2012/03/03 22:27
姐さんは健康診断の必要性から胃カメラの検査を受けました。3月1日のことです。バリュウムでの検査を受けたことは何度もありますが、胃カメラははじめて。情報を集めてみると、鼻からカメラを入れるのが楽、あるいは全身麻酔で検査も受けられるということがわかりました。20年ほどお世話になっている台東区のホームドクターに相談したら、「鼻から入れるのは、カメラが小型すぎて視野が広くないから、細かい検査はできません」とのこと、「全身麻酔は静脈注射で眠らせて検査するので痛みはない。付き添いもいらない」とのこと。最終的に自分で決めなさいと言われ、ちょっと怖いなと思いましたが、姐さんは静脈麻酔による検査を練馬にある病院でしました。 |
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2012/03/03 15:52
姐さんは乳ガン再発予防のために、女性ホルモンの感受性細胞(エストロゲン)の増殖を抑える薬を1日1錠飲んでいます。乳ガンは女性ホルモンをエサに増殖するそうです。薬の名前はアルミデックス。副作用として更年期障害、肝機能異常がみられたり、骨粗鬆症や骨折などが起こりやすくなったりする場合があると言われています。姐さんは飲み始めたころは少し鬱っぽくなりました。そのときはたぶん薬のせいではなく、いろいろな心配ごとの影響だったと思います。 |
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2012/03/02 20:02
放射線科の白石先生の診察が終わったのが正午ごろ。次の<骨密度>の検査予約まで約2時間あり、姐さんは昼食をゆっくりとることにしました。入院する前の検査のときによく行った、入院A棟最上階のスカイレストランです。今朝、夫が「あのレストランの並びに確か特別室があったよね。天皇はそこにいるんじゃない?」と言うのを思い出し、足が向いた姐さんはほんとミーハーです。 |
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2012/03/02 14:29
雪の日でも病院はさすが混んでいました。玄関にはりだされた用紙を見ると、3,726人診療予定とか。姐さんの今日の予約は放射線科と乳腺外科。放射線科では2010年4月初旬に放射線治療が終わってからは、3ヵ月毎に経過問診があります。特に予約していくわけではないので、去年はすっかり忘れて、担当の白石先生から「1年ぶりだねぇー」と言われ、1年も放射線科に来てなかったのだと我ながらびっくり。思わず下を向いてしまいました。それだけ病気が自分の中では遠のいたということでしょうね。 |
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2012/03/02 14:20
2月はほとんど岩手にいた姐さんですが、28日の夜に雪を土産に帰京しました。翌日から3日間連続で検診が入っていたからです。 |
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2012/03/01 07:27
娘の夫、じゅんじゅんさんは牧場主です。自分の仕事に誇りを持った働き者です。そして子育てを娘だけに任すような男ではありません。育児に<参加>しているのではなく、<一緒に子育てしている>領域です。だから牛舎の仕事の合間には、子ども達とよく食べ、よく遊び、よく寝ています。 |
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2012/02/28 23:04
まあちゃんを出産した直後の娘は、これから生きていかれるだろうか、平常心を戻せるだろうか、と心配になるほど不安定な精神状態でした。言葉よりまず涙の日々だったと思います。姐さんは入院中で何も力になってあげられませんでした。できるのは娘から電話がかかってくれば、話を聞いてあげるだけでした。 |
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2012/02/27 23:36
姐さんが東京に戻る日が近づくと、どういうわけかまあちゃんの具合が悪くなります。今回も同様で元気に動き回っているものの、数日前から食欲がなくなり、昨日から下痢になりました。そこで、娘は職場を午前中で早退し、鼻水が出ている次男のえい坊と一緒に一戸病院で診察してもらいました。姐さんも付き添いました。お得意様(!?)のまあちゃんはVIP待遇で、待つことなく診察してもらえました。下痢止めを投薬されただけで入院宣告もなく、ひと安心です。 |
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2012/02/27 17:46
生後2ヵ月になる前に心臓の手術をしたまあちゃん。それ以来、まあちゃんの入院は12回にも及びます。最初の1年はほぼ毎月、自宅から車で25分ほどの岩手県立一戸病院小児科に入院。1歳のお誕生を過ぎてから新居に引越までは、2〜3ヵ月毎に入院していました。心臓の手術は成功したものの呼吸器系が弱く、すぐに肺炎を起こしてしまうのです。 |
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2012/02/27 16:44
お産直後、「お父さん、お母さんと顔つきが違う」と分娩室で医者から言われた娘。そのときの娘と婿さんの驚きと戸惑いは、2年たった今でも想像するとかわいそうです。今振り返って娘の夫のじゅんじゅんさんは、「しばらくは、(同居していた)親父、お袋と食事をしていても通夜のようだった」と言います。姐さんは東大病院のベッドの中で夫から報告を受けました。夫からどんな言葉で報告を受けたのか、思い出せませんが……。 |
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2012/02/26 16:08
ダウン症は心臓疾患や呼吸器疾患など、いろいろな合併症を伴う場合がほとんどのようです。まあちゃんもご多分に漏れず大動脈縮窄症を患い、生まれながらに細くなっている大動脈の手術を、岩手医科大学付属病院循環器医療センターでしました。あと数日で生後2ヵ月に手が届く2010年2月下旬のことです。 |
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2012/02/24 22:47
日本時間の23日早朝、東京にいる夫から「インターネットによるとオンセ駅(Estacion de Once)で大事故があったみたいだから、お弟子さんたちは無事か確認したら?」とメールが入りました。さっそく、何人かにメールしたところみんな無事でホッとしています。 |
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2012/02/24 13:55
一昨日(22日)は娘が代休をとって、まあちゃんを盛岡の県立療育センターに連れていきました。夕食はみんなで外食しよう、という娘の誘いにのって保育所を早退したふたりのお兄ちゃんと姐さんも車に乗り込み盛岡へ。 |
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2012/02/22 12:08
まあちゃんは2歳の誕生日を2ヵ月前に迎えましたが、まだ自力で立ち上がったり、歩いたりはできません。移動はもっぱらハイハイです。そのハイハイは日々早くなり、目的地へは素早い動きで、前進ハイハイのほかに横ハイハイ、後進ハイハイと自分なりに考えて向かっています。お兄ちゃんたちに比べたらゆっくりですが、確実に成長しているのがよくわかります。 |
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2012/02/21 21:53
姐さんの三人目の孫、まあちゃんはダウン症です。ダウン症とは21番目の染色体が健常者より1本多い3本持って生まれてくる染色体異常です。姐さんが東京の自宅と娘の嫁ぎ先の奥中山と半々の生活をしているのは、東京にいるとまあちゃんが気になって、すぐにまた奥中山に来てしまうのです。まあちゃんが生まれたのは今から2年2ヵ月前の2009年12月25日。姐さんが東大病院で乳ガンの手術をした翌日でした。そのときの気持ちは?と聞かれれば、出口の見えない真っ暗なトンネルに入り込んでしまったようでした(ゴメンネ、まあちゃん)。そして、家族のだれもが再び笑える日はもう来ないと思っていました(これもまた、まあちゃんゴメンネ)。でも、人間って素晴らしいですね。人って再生する力があるのですから。今では「まあちゃん、かわいい!!」って、まあちゃん中心に家族が以前と同じように、いや、以前よりももっと幸を感じながら生活しているのですもの。 |
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2012/02/20 14:24
昨2月19日は全国的に過去最低気温を記録したとか。奥中山もマイナス10度以下で午前中は吹雪、午後になって粉雪がみぞれに変わり、今朝は春の訪れを予感させる晴天です。吹雪の昨日は近くの即席会場で、クロスカントリーのスキー大会が開かれました。口コミでマニアに広まり年々参加者が増え、今年は250名を超えたそうです(http://www.popsnow-net.com/gelande/gn0070.html)。この街を知るいい機会だから、がんばって続けてほしいですね。 |
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2012/02/20 07:43
1月末に姐さんは、またまた温泉にひとりで行ってきました。盛岡から車で30分ほどのところにある<繋ぎ(つなぎ)温泉>です。この温泉は北上川五大ダムのひとつのダム湖、御所湖畔の温泉です。御所湖は全国のダム湖の中で年間利用者一位といわれていますが、来訪者が多いのはダム湖に格別な魅力があるわけではなく、近郊の温泉や小岩井牧場、スキー場によるものだと姐さんは思います。ちなみにこのダムは貯水ダムで、水力発電の機能を持っているそうです。さて繋温泉ですが、以前行った松川温泉のような感激はありませんでした。宿泊した<ホテル大観>は会社の慰安旅行やグループで泊まるような大規模旅館で姐さん向きではなかったうえ、ホームページからの料金設定は「二名様利用」から。料理で選ぶプラン、部屋で選ぶプラン、オススメプランと盛りだくさんのプランが並んでいるけど、結局姐さんが電話で予約したとき、「はい、お一人様ですね。お受けできます」と言われたのは、数あるプランでも高いランクの1万2,300円でした(泣)。売りのコピーでお一人様一泊二食付きで8,000円から、なんて大きく載っていても、四人同室で泊まった場合ですからね。ひとり旅の場合は損ですよね。公共の岩手県交通バスを使うと片道620円ですが、盛岡からは無料送迎バスが日に2便出ているのは便利で、お得でした。 |
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2012/02/14 16:50
節約を日々心がけている姐さん。先日盛岡の駅構内を歩いていて、素晴らしいものを発見した。それは4時間の時間制限があるものの200円という安さのコインロッカー。多くの駅ロッカーは300円。大型になると500円。1日中使う人はこのほうがいいだろうけど、姐さんみたいに新幹線から、<いわて銀河鉄道>に乗り継ぐまでの1時間前後となると、毎回の300円は何か損したようだし、贅沢したようで心苦しいのです。その点200円ロッカーなら気楽に使えそうです。この200円ロッカーは各駅にあるかも知れませんね。 |
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2012/02/14 09:05
奥中山高原へは盛岡から<いわて銀河鉄道>で行きます。<いわて銀河鉄道>の前身は東北本線で2002年にいわゆる第三セクターとして生まれ変わりました。終点は目時(めとき)で、目時から青森までは<青い森鉄道>が走っています。盛岡から奥中山高原までの所要時間は約45分で11駅目です。奥中山高原駅付近は峠になっていて、電化される前は蒸気機関車が煙をあげ、腕の見せどころだったとか。車窓から写る景色は蒸気機関車がとっても似合う風景です。ポッポーという音が聞こえてきそうです。奥中山高原まで行く列車の運行は、1時間か2時間に1本。ですからその時間に合わせて姐さんは、盛岡に遊びに行く時間や、新幹線で東京に帰る時間を決めるのんびりした生活です。停車駅を増やしたり合理化したりで数年前から黒字になったらしいですが、まだ累積赤字が1,200億とか。盛岡と奥中山高原間の運賃は1,170円。新幹線だと盛岡から最寄り駅のいわて沼宮内(ぬまくない)間は乗車券530円。姐さんは<大人の休日クラブ>の会員でこの値段よりも30パーセント引き。だから新幹線を利用したほうがはるかに安いけど、いわて沼宮内まで送迎の時間(自宅から片道車で約20分。奥中山高原は片道車で5〜6分)を考えたり、地元応援の気持ちから銀河を利用するのです。 |
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2012/02/13 11:28
2月9日から10日へと日付変更線が超えるころ、40年来の友から携帯メールが入りました。それは彼女の夫の死を知らせる悲しい内容でした。姐さんが岩手にいると思って、10日の告別式を知らせるかどうか迷いながらも、やっぱりだまってはいられないと知らせてくれたと思います。逝ってしまった文康さんはここ数年癌との戦いだったようです。再再発した癌は文康さんの身体中を蝕み、1月の半ば過ぎまで食欲不振や苦痛に耐えながらも自宅で療養していましたが、苦痛緩和のため入院。2週間の治療のかいもなく、また奇跡が起きることもありませんでした。私たちの新婚時代、四谷と東中野のそれぞれの小さなアパートをお互い何度行き来したことでしょう。外で呑むなんて経済的に考えられず、安酒や煮物やサラダなど手作り料理を持ち寄り、呑み、語り、笑いそれは、それは楽しい時間を共有してきました。文康さんの作る<シメサバ>は、天下一品の味で、当時の私たちの食卓を飾る贅沢な一品でした。今振り返れば、不安もなく、自分たちの将来には夢と希望があり、お互いを信頼し、懐があたたかいときはあたたかいように、さみしいときはさみしいように生きていました。青春の証としての自由がありました。漫画家を目指し、高校卒業後新潟から上京した文康さん。昨12月27日、ドラエモンの最後の仕事を完成させたら(2月3日テレビ放映。姐さんも孫と偶然見ていました。エンディングのテロップに斎藤文康って名前が流れ、うれしかったけどなぜか切なさを感じました……。文康としっちゃんは病室で見ていたそうです)、坂道を転げるように体調を崩したそうです。マンガ制作に命をかけ、やり遂げた一生でしたね。そして、世界一仲の良い夫婦でした。いつも、いつもツレアイのしっちゃんや一人娘の綴ちゃんのことを考え、想い、至宝のように大切にしていましたね。神様はやきもち焼きなんです、きっと。肩を寄せ合いあんなに仲良かった二人を割くような仕打ちをするのですもの。告別式のときのしっちゃんの挨拶、思い出すと今でも涙が止まりません。文康さんに対する愛情あふれる言葉で、私たちに感謝してくださいましたね。立派でした。文康さん、仲良くしてくれてありがとう。別れがこんなに悲しくなってしまったけど、あなたに会えてよかったです。あなたの温かく大きな声、気遣ってかけてくれた言の葉の数々、忘れません。斎藤文康さん享年63歳。心よりご冥福をお祈りいたします。 |
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2012/02/08 11:20
牛舎の仕事も半端なく体力がいると思いますが、雪かきも体力勝負です。新しい雪が積もるたびに雪かきをしないと、どんどん雪が積もり歩行も困難になります。車も走れなくなります。今年はまだ屋根の雪下ろしの必要はないようですが、自前の雪除車でお舅(とう)さんが、下の道路や丘の上の娘たちの家までの道の雪を毎朝除いてくれます。 |
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2012/02/08 10:41
姐さんの奥中山通いも3年経ち少々の雪にもびっくりはしませんが、1月半ばからの連日の降雪には恐怖を感じることもあります。特に2月の最初の週は、粉雪舞い散るなんて悠長なものではなく吹雪でした。その日その日で違う雪の姿。羽根をつけたように優雅に舞ってくる雪、思わず両手ですくいたくなる真綿のような雪、降り積もった雪が風で舞うときには時に炎のように見えます。雪の炎を姐さんはこの地ではじめて見ました。反面晴れた日の雪は青空を明るくします。娘の家族が住む新居は丘の上の一軒家。雪嵐の日のここからのながめは、まるで怖い者知らずのスキーヤーが喜ぶスキー場のようです。 |
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